RECORDS / 日次の記録

Day -27. 装置は、まだ眠っている。

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四谷森ビル。新宿、赤坂、麹町を結ぶ交点に、築年数を重ねた小さなコンクリートの箱が残されている。

取り壊しの決定は、すでに下されている。

二〇二八年五月十四日——それが、このビルの”解散日”として登記された日付である。残された時間は、本日の正午時点で730日。まだ扉は開いていない。店名の看板も、提灯の一つも、外には掛かっていない。

しかし内部では、すでに記録が始まっている。

一階の、かつて喫茶店だった空間は、床のタイルの継ぎ目が黒く変色している。ここが昼には¥450のカレー屋になり、夜にはタレントが立つ飲み屋へと変わる予定であることを、通りを歩く人はまだ知らない。奥の壁には、前の住人が残していった有線放送の配線が、天井に向かって絡まったまま伸びている。

二階は、かつて寿司屋だった。檜のカウンターが三本、撤去を拒むように居残っている。擦り減った表面には、何千という肘の痕が残されており、それが次の15名の客のために、静かに次の熱を待っている。

地下は、昨日まで物置だった。コンクリートの打ちっぱなしの壁に、試しに吊るしたマイクケーブルが一本、だらりと垂れている。天井は低く、立てば頭が触れる。だが、5〜10名の観衆を前に、誰かがここで声を張り上げる日が、もうすぐ来る。

——これは、消えることを前提に稼働する、2年限定の装置である。

開業日まで、あと27日。

本日、装置は、まだ静かに、次の熱を待っている。